フィジカルトレーニングとしての登山

先日山登りトレーニングに行ってきました。
舞台は100名山の中で最も低い山、筑波山(標高877m)。
それでも頂きが2つある山の反対側まで行って帰ってくるのでなかなかの道のりです。
行く度に山登りはとても良いトレーニングだと感じます。
そんな登山のトレーニング効果というものを3つに絞ってちょっと(否、かなり)理屈っぽく書きます。(消費カロリーだとか心のリフレッシュだとかの効果はインターネットに譲ります。)

まず特筆すべきは“選択の連続”であるという点。
登りにおいても下りにおいても、踏み出す足をどこに置き、それはどの角度で、どういう形状をしていて、どのぐらいの予備緊張が必要で、ジャンプで跳び越えられるのか否か、、、と挙げればキリがないぐらいいろいろな要素が“毎ステップ”考慮されなくてはなりません。スポーツにおいて、特に球技系は刹那の決断・選択の連続ですから、この毎ステップ選択に迫られる登山は本当に良いトレーニングです。ましてや先日は前日の雨で山肌も濡れていましたからより高度な緊張が伴いました。これに時間という軸が加われば時間的プレッシャーを含む多様な心理プレッシャーと戦わなければいけません。実際のところ、競技レベルと山下りのスピードにある程度の相関関係がある気がするので、選択・決断のスピードと精度が問われている証拠でしょう。

次に“制御の連続”であるという点。
制御も前述の選択の一つとも言えますが、選択したステップにおいて自分の身に起こるであろうことを制御して暴れる重心を基底面内に納め、転倒することなく次のステップに移る。特に下りにおいては一気に位置エネルギーを減少させたがる重力加速度と勝負しながら下りるので、それを制御しながら下りなければいけません。ちなみに自由度の制御こそが巧みさ=デクステリティであると旧ソ連の生理学者ベルンシュタインは述べています。まさに登山はその巧みさを養うにはもってこいのトレーニング方法であると言えます。

そしてその仕事量。仕事量というのは単純に言えば『力x距離』で表されます。
例えば体重78kgの私が877mの山を登った場合、
78kg x g x 877m = 68,406 N・m の仕事をしたことになります。
(スタートが海抜0mでないことや途中アップ&ダウンがあることは無視しての単純計算です。)
そして山の反対側まで行ってまた登って帰ってきたのでその2倍で136,812N・m。

同じことを50cmのボックスステップアップでやろうと思った場合、3508回繰り返さないと同じ仕事量にはならないことになります。トレーニングとして課すには気が遠くなる回数ですね。山登りの良いところはその気が遠くなるような仕事量を自然を楽しみながら仲間と消化できることだと思います。実際終わった時には爽やかな気分でした。

随分と理屈っぽく堅苦しく書きましたが、こういった自然の中では本当にいろいろなことをコ・オーディネートしないといけないわけですから、それこそがコオーディネーショントレーニングと言えるのではないだろうかと感じます。そういえばチェコがどこかの東欧ではウォーミングアップに雪山を走ってましたね。
とは言っても本来登山好きには登山は登山であり、トレーニングではないのですが。

ちなみに登りは股関節伸展をうまく運用できても、下りにおいて、しかも滑りやすい山肌で股関節にshock-absorberの役割を担ってもらうのは簡単ではなく(shin angleをネガティブに保ちにくい)、翌日は四頭筋遠位にほどよい筋痛が残りました。

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